富山地方裁判所 平成8年(ワ)175号 判決 1997年3月19日
大阪市中央区道修町二丁目一番五号
原告
小野薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
上野利雄
右訴訟代理人弁護士
高坂敬三
同
夏住要一郎
同
鳥山半六
同
岩本安昭
同
阿多博文
同
田辺陽一
富山市総曲輪一丁目六番二一
被告(以下「被告日医工」という。)
日本医薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
田村四郎
右訴訟代理人弁護士
花岡巖
同
新保克芳
富山市新庄町二三七番地
被告(以下「被告陽進堂」という。)
株式会社陽進堂
右代表者代表取締役
下村健三
富山市新庄町二四五番地
被告(以下「被告前田薬品」という。)
前田薬品工業株式会社
右代表者代表取締役
前田實
富山市八日町三二六番地
被告(以下「被告ダイト」という。)
ダイト株式会社
右代表者代表取締役
笹山真治郎
右三名訴訟代理人弁護士
安田有三
小南明也
同輔佐人
川上宣男
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の申立
一 原告の請求の趣旨
別紙の「請求の趣旨」欄記載のとおりである。
二 被告陽進堂、同前田薬品、同ダイト(以下右被告ら三名を「被告陽進堂ら」という。)の本案前の答弁
1 原告の被告陽進堂らに対する訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 被告らの本案の答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
差止請求の法的根拠につき次のとおり補足主張する他、別紙の「請求の原因」の欄記載のおりである。
1 本件特許権に基づく差止請求
本件特許権の存続期間が平成八年一月二一日に満了したことは別紙のとおりであるけれども、本件の場合は、薬事法の定めにより発売までに相当の期間を要する医薬品がその対象であるところ、被告らは、本件特許権の存続期間中に侵害行為を行い、その侵害行為の成果に基づき被告製剤の製造承認を取得し、特許期間の満了直後から被告製剤を販売して(この被告製剤の販売行為を、以下「本件販売行為」という。)、利益を得ようとするものである。
このように、特許権期間中の違法な侵害行為により特許期間満了後にその成果を得ようとする場合には、侵害行為をしなければ販売行為を行いえなかったと認められる期間については、本来特許期間中の侵害行為がなかったとすれば現在あるであろう姿に戻すという限度において、条理あるいは信義則からしても、特許権者は、特許権の効果として、特許期間満了後も、差止請求権を行使することができると解すべきである。
その理由は次のとおりである。
(一) 特許法は、同法一条の規定にあるように、「発明の保護」及び「発明の利用」を通じて「発明を奨励し」、もって「産業の発達」という目的を実現しようというものである。もとより、発明それ自体は社会の共有財産であり、いつまでも個人の専有に委ねておれば、産業の発達を阻害することになる。そこで、特許法は、一定期間に限り発明に法的保護を与えるとともに、当該期間経過後は、一般の自由利用に委ね、その調和を図っている。したがって、特許権にいかなる程度の法的保護を付与するかは、専ら「産業の発達」にとっていかなる内容が望ましいかという観点で決せられるべきものである。それ故、特許権に基づく差止請求権についても、「発明の保護」と「発明の利用」という二つの観点に照らし、それが特許法の求める目的に合致するか否かに基づいて判断されるべきものである。
(二) ところで、特許法は、特許権者に一定期間、業として発明を独占的に実施する権利を付与することによって、「発明の保護」を図っているのであるから、特許期間中に侵害行為が発生すれば、特許権に基づいてその排除を求あることができるのであり、これは、所有権に基づく妨害排除請求権(物権的請求権)と同種のものとみるべきである。
確かに、本件の場合は、原告が差止めを求める被告らの本件販売行為は、特許期間満了後のことであるし、被告らの侵害行為は特許期間中の原告の経済的利益そのものを害するものではない。しかしながら、本来、被告らが特許期間中に侵害行為をしていなければ、特許期間満了後製造承認を取得するのに必要な期間は、被告らは被告製剤の製造販売を行うことができなかったはずである。ところが、被告らは、本来特許期間満了後に着手すべき準備行為につき、特許期間満了にあわせて二年六か月以上前から、いわばフライングスタートを切っていたのであり、被告らが特許期間満了後直ちに製造販売を行うことができることとなったのは、まさに特許権侵害行為の結果としてなのである。その結果、原告は、被告らの侵害行為がなければ得られたであろう特許期間満了後約二年六か月間の独占的利益が侵害されることは明らかである。かかる侵害行為(フライングスタート)に対しては、侵害行為のなかりし状態即ち特許期間満了後からスタートした状態に戻させることが最も有効かつ合理的である。原告は、右の状態に戻すため、平成一〇年七月二一日までの間の販売差止めを求めているに過ぎないのである。
(三) また、もし特許期間中に侵害行為が存在していても、特許期間が満了してしまえば、特許権者たりし者は一切差止請求できないとすれば、同種の侵害行為に対し、特許期間満了の前後で救済内容に不均衡が生じ、「発明の保護」としては不十分となる状況が生じる。
もし特許期間満了前に侵害行為が発見されていれば、特許法一〇〇条に基づき、製造・販売の差止めと侵害行為を組成した物の廃棄、侵害行為に供した設備の除却、侵害の予防に必要な行為を請求することができる結果、行為者は特許期間満了後少なくとも二年六か月間は医薬品としての販売を行い得ないことになる。これに対し、特許期間満了後に侵害行為が発覚した場合に差止請求ができないとすれば、行為者は製造・販売に何らの制約を受けることなく自由に販売競争に参入し、いちはやくシェアを確保することができるのである。のみならず、特許期間満了後に差止請求権が消滅するとすれば、仮に特許権者が特許期間満了前に差止請求をしたとしても、特許期間満了まで訴訟を遅延させられれば、差止請求権が消滅してしまう結果、期間満了と同時に発売可能となるのであって、事前準備に長期間を要する本件事案のような場合には、かかる結論がいかに不合理であるかはいうまでもない。
(四) 本件において、原告は被告らの製造承認の取得によって初めて侵害行為者を特定することができた。被告らは原告に察知されないように秘密裡に製造承認に必要な各種の試験・研究を行い、製造承認申請を行っていたのである。この間、原告は、特許期間中に侵害行為者を特定すべく厚生省に製造承認申請者の開示を求めて照会したが、守秘義務を理由に開示を受けられず、侵害行為者を特定することができなかった。そのため、次善の策として、数回にわたり業界紙に特許権侵害に対する警告文を掲載したのであるが、被告らには何の効果も奏さなかった。原告は、権利の上に眠っていたわけでも、被告らの権利侵害行為を拱手傍観していたわけでもなく、自らの権利を保全すべく可能な限りの努力を払ったのであるが、ついに特許期間の満了を迎えたのである。
被告らは、特許期間満了後であるから差止請求権は認められないと主張するようであるが、自ら秘密裡に準備行為を行ってきた被告らが、たまたま期間内に発見されなかったことを奇貨として、かかる主張をすること自体、クリーンハンドの原則や信義則に照らして到底認められない。
(五) また、本件販売行為の差止めが認められないとすれば、「発明の保護」だけでなく「発明の利用」もまた害されることになる。
すなわち、被告らは、特許期間中から発明の利用を行い、販売のため準備を進めてきたのであり、本件販売行為の差止めが認められないとすれば、被告らは、特許法を遵守し特許期間満了後から本件特許発明を利用しようとする後発品メーカーに対して極めて有利な立場に立ち、著しく不公平となり、公正な「発明の利用」が阻害されることとなる。
(六) 原告は、平成一〇年七月二一日までの販売行為の差止めを求めているに過ぎず、その他の試験・研究や製造までを差止めようというものではないから、特許期間の延長を認めるものであるとの批判は当たらない。
原告は、特許権者として、特許期間中の侵害行為の是正を求めるものであり、これは、いわば特許期間満了後の特許権の余後効力ともいうべきものである。
2 不法行為の効果としての差止請求
仮に、本件販売行為につき、本件特許権に基づく差止請求が認められないとしても、原告は被告らの本件特許権侵害という不法行為によって現在も継続して著しく利益を損なわれているのであるから、これの差止めが認められるべきである。
すなわち、
(一) 本件特許権は平成八年一月二一日に特許期間満了により消滅しているが、本件は薬事法の規制を受ける医薬品であるから、被告らが本件特許期間中に本件特許発明の実施という特許権侵害行為を行わなかったならば、原告は、特許期間満了後も少なくとも二年六か月間は、後発品メーカーの参入を受けずに市場を独占できるという法的立場ないし利益を有している。
しかるに、被告らは、本件特許期間中に各種の試験・研究を行い、その成果に基づいて製造承認を取得し、特許期間の満了を待って市場に参入しようとしているのである。右の各種の試験・研究及び製造承認申請はいずれも、本件特許発明の実施行為であり、違法な特許権侵害行為である。そして、右の各種の試験・研究及び製造承認申請はまさに一連の活動であり、本件販売行為はその総仕上げである。本件販売行為は、まさに右の侵害行為と表裏一体の関係にある違法行為そのものというべきである。
(二) ところで、民法の立法の沿革上からも、比較法的にも、不法行為の効果としての差止請求は十分肯定されるべきものである。
確かに、民法上、不法行為による被害者の救済としては金銭賠償が本則とされているけれども、差止めにより損害の発生そのものを未然に防止することができれば、それに越したことはなく、それが事後の金銭賠償よりはるかに適切な場合も少なくない。したがって、そのような場合には、敢えて差止めによる救済を拒否すべき理由はない。
(三) 本件の場合、原告が製造販売するメシル酸カモスタット製剤の年間売上高は、平成六年度で二三八億円余、平成七年度で二四五億円余であるところ、被告ら後発品メーカー二三社が特許期間満了を機に低価格のメシル酸カモスタット製剤の販売を開始すれば、これまでのシェアの維持は到底望みがたく、売上高が激減することは明らかであり、原告の今後の企業活動に与える影響は計り知れないものがある。のみならず、事後的に賠償請求が認められたとしても、満足に金銭賠償が得られるかどうか不明である。
これに対し、被告らは、本件特許権を侵害することを知りつつ、組織的かつ秘密裡に試験・研究を行い、その成果を基に製造承認を取得し、特許期間の満了を待ちかねて被告製剤の発売に及ぼうとしているのであって、本件の差止めにより得べかりし利益を失うとしても、その利益は原告の権利を侵害することによってもたらされたものであり、およそ法的保護に値するものではない。のみならず、被告らがこれまでに投資した費用は、極めて僅かなものであり、原告の損害に比べるべくもなく、しかも、その投資額のすべてが無為に帰すものでもない。
右のとおり、被告らの本件販売行為は特許法により認められた原告の経済的利益を著しく害するものであるところ、前記のとおり、原告が特許期間中に侵害行為者を発見して差止請求権を行使するのは事実上不可能に近く、このまま本件販売行為が許されると、特許法を遵守しようとする他の後発品メーカーにいわれなきハンディを与えるという不合理な結果となる。
右のような結果が法の求める正義に反することは言うまでもないところであり、本件の場合、不法行為の効果としての差止めが認められるべきである。
二 被告陽進堂らの本案前の主張
1 原告の本訴請求は差止請求である。この請求は、被告らによる原告に対する違法な侵害行為が現に継続しているとか、あるいは侵害行為が客観的に差し迫っている場合に、侵害の停止・予防を図り、将来に向かって侵害を防止するものである。したがって、その請求原因となる事実の基礎には、被告らが侵害しているという原告の現在の権利(ないし法律上の利益)が特定されなければならない。
2 しかるに、原告の本件特許権はその存続期間が平成八年一月二一日に満了している。したがって、被告らにより現在侵害されていると主張する原告の権利が何か全く不明であり、原告の請求は主張自体失当である。
三 請求原因に対する被告陽進堂らの認否
1(一) 別紙の「請求の原因」の欄一項の事実は認める。
(二) 同二項中、原告が本件特許権を平成八年一月二一日まで有していたことは認める。
(三) 同三項の事実は認める。
(四) 同四項中、医薬品の製造承認の事務処理期間は現在は約一年半であり、被告陽進堂らが少なくとも二年六か月以上前から発売に向けて準備を開始していたとの点は否認するが、その余の事実は認める。
(五) 同五項の事実は否認し、主張は争う。
(六) 同六項中、各種試験開始から製造承認申請まで最低六か月を要することは認めるが、その余の主張は争う。
(七) 同七、八項の主張はすべて争う。
2 差止請求の法的根拠に関する原告の補足主張はすべて争う。
四 請求原因に対する被告日医工の認否
1(一) 別紙の「請求の原因」の欄一、二項の事実は認める。
(二) 同三項中、被告日医工が原告主張のとおり製造承認を取得したことは認める。
(三) 同四項の事実は認める。
(四) 同五項中、被告日医工が製造承認を得るに必要な試験のために、メシル酸カモスタットを他から購入して被告製剤を製造したことは認めるが、その余の主張は争う。
(五) 同六項の主張は争う。
(六) 同七項中、原告が警告を発表していたこと及び被告日医工がこれを知っていたことは認めるが、その余の主張は争う。
(七) 同八項の主張は争う。
2 差止請求の法的根拠に関する原告の補足主張はすべて争う。
第三 証拠関係
本件記録中の書証目録記載のとおりである。
理由
一 被告陽進堂らの本案前の主張について
本件差止請求の基礎となる権利又は法的利益として原告の主張するところは、別紙の「請求の原因」の欄四ないし八項及び差止請求の法的根拠に関する補足主張によって、一応明らかとなっているものということができるから、本件訴えは適法なものと解するのが相当である。
二 特許権に基づく差止請求について
1 特許法は、六七条三項、六七条の二、六七条の三で、医薬品等の特許権については、その製造承認等手続の特殊性に鑑み、五年を限度に存続期間の延長を認めている。しかし、右条項以外に特許権の存続期間の延長を認める規定は存在せず、右条項が昭和六二年法律第二七号により追加されたものであることに照らせば、特許法は、医薬品等の特許権についても、右条項の限度以上には、その存続を認めない趣旨と解するのが相当である。
ところで、本件特許権の存続期間が平成八年一月二一日をもって満了したことは当事者間に争いがないのであるから、これにより、本件特許権は既に消滅し、存在しないものとなっていることが明らかである。
このように既に消滅した特許権をもって、現在ないし将来の第三者の行為の差止めを請求しうる根拠は、特許法上存在しないし、その他、我が国の法制上、かかる消滅済みの権利をもって差止請求を容認すべき根拠は見当たらない。
2 右に判示したとおり、本件特許権に基づく差止請求を容認しえない理由が、その基礎たる特許権の現時点での不存在にある以上、差止請求の対象たる行為の違法性の有無・程度や行為の来歴等は、何ら、その差止請求の許否に影響を与えるものではなく、この点に関する原告の主張は採用できない。
したがって、仮に、被告らの本件販売行為が、本件特許権の存続期間中になされた侵害行為の成果に基づくものであるとしても、原告の差止請求を容認しえないことに変わりはない。
3 してみれば、本件特許権に基づき被告らの本件販売行為の差止めを求める原告の請求は、失当たるを免れない。
三 不法行為の効果としての差止請求について
1 仮に、継続している不法行為の効果として、その差止めを請求しうる場合があるとしても、それは、被害者の現存する権利又は法的利益が現に侵害されている場合又はその侵害が間近に迫っている場合に限られるものである。
2 しかるに、本件においては、本件特許権の存続期間が既に満了している以上、その発明を独占的に実施しうる法的利益・地位は既に消滅している。
もっとも、薬事法の規制上、医薬品の製造承認を得るには一定の期間を要することとなっているけれども、それは、薬事法所定の目的を達成するための行政上の必要性に由来するものに過ぎず、先発の医薬品製造・販売業者の利益を図るためのものではないのであるから、薬事法による医薬品製造承認上の規制により、結果的に、特許権の存続期間の満了後においても、一定期間、後発医薬品の製造・販売が開始されないこととなり、先発の医薬品製造・販売業者が事実上市場を独占できるという利益を享受しうることとなっているとしても、それは、薬事法の規制に伴う事実上の反射的利益に過ぎず、法的に保護された利益であるとか法的に保護すべき利益であるとか解することはできない。
仮に、これを法的に保護すべき利益であると解するとしたら、それは、実質上、医薬品に関する特許権に限り、特許権の存続期間の延長登録制度(特許法六七条三項、六七条の二、六七条の三)のような明文の根拠もないまま、特許権の存続期間を延長するのと同一の効果をもたらし、前記二、1に判示した特許法の趣旨に照らして、その不当なことは明らかというべきである。
その他、原告の主張するところをもってしても、被告らの本件販売行為によって、原告の現存する権利又は法的利益が、現に侵害されているとか、その侵害が間近に迫っているものとはなしえないものというべきである。
3 したがって、仮に、被告らの本件販売行為が本件特許権の存続期間中になされた本件特許権侵害行為の成果に基づくものであり、これにより原告が損害を被ることとなるとしても、それは、右の過去の侵害行為の効果として、これに対する損害賠償請求をもって救済を図る以外にはないものというべきである。
4 よって、不法行為の効果としての差止めを求める原告の請求もまた、失当たるを免れない。
四 以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 渡辺修明 裁判官 堀内満 裁判官 鳥居俊一)
医薬品販売差止請求事件
請求の趣旨
一、 被告らは、平成一〇年七月二一日が経過するまで、別紙目録記載の医薬品を販売してはならない
二、 訴訟費用は、被告らの負担とするとの判決および仮執行の宣言を求める。
請求の原因
一、 原告は、医薬品の製造販売を業とする株式会社であり、被告らは同じく医薬品の製造販売を業とする株式会社である。
二、 原告は、メシル酸カモスタット製剤(商品名フオイパン錠)に関する次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件特許発明」という)を有し、昭和六〇年八月以降これを製造販売してきた(甲第一号証)。
特許番号 第一一二二七〇八号
発明の名称 グアニジノ安息香酸誘導体および該グアニジノ安息香酸誘導体を含有する抗プラスミン剤と膵臓疾患治療剤
出願日 一九七六年(昭和五一年) 一月二一日
公告日 一九八二年(昭和五七年) 三月二五日
登録日 一九八二年(昭和五七年) 一一月一二日
本件特許発明はメシル酸カモスタットの物質および医薬用途(膵臓疾患治療剤、抗プラスミン剤)についてのものであり、本件特許発明の特許請求の範囲は別紙記載のとおりである(甲第二号証)。
三、 被告らは、別紙目録記載の承認年月日に、同記載の商品名のメシル酸カモスタット製剤(以下「被告製剤」という)につき、薬事法一四条の製造承認を取得し、目下、製造・販売をすべく準備中である。
四、 ところで、被告らが発売を準備中の被告製剤は、いわゆる医療用の後発医薬品に属するものであるところ、その製造承認の申請には、左の掲げる資料を添付することが要求されている(薬事法施行規則第一八条の三)。
イ 物理的化学的性質並びに規格および試験方法等に関する資料として規格および試験方法に関する資料
ロ 安定性に関する資料として加速試験に関する資料
ハ 吸収、分布、代謝および排泄に関する資料として生物学的同等性に関する資料
ニ 当該有効成分の毒性、薬理作用、吸収分布、代謝、排泄および、臨床試験等に関する文献等のリストおよびその内容、概要並びに評価結果の資料
而して、このうち安定性に関する資料である加速試験に関しては六カ月間以上の試験期間が要求されている(甲第三号証)。
他方、医薬品の製造承認の標準的事務処理期間は、医療用の後発医薬品に関しては、都道府県知事が承認申請を受理した日から二年間を要するとされている(甲第四号証)。
従って、本件の如き後発品の場合、試験に着手して製造承認を取得するまでには少なくとも二年六カ月を要することは明らかであり、現実には資料整備を含め、それ以上の期間を要するものである。これを本件についてみれば、被告らが被告製剤の製造承認を取得したのは別紙目録記載のとおりであるから、少なくともその二年六カ月以上前から発売に向けて準備を開始していたことになり、本件特許の有効期間内に行われていたことは明らかである。
五、 ところで、右資料作成に必要な加速試験を実施するにおいては、被告らは本件特許発明の対象であるメシル酸カモスタットを自ら製造、輸入又は他より購入して本件特許発明の’技術的範囲に属する被告製剤を製造したものであって(以下、「本件行為」という)、これは被告らの「業として」行われたものであるから、本件特許権を侵害するものである。
尤も、特許法は「特許権の効力は試験又は研究のためにする特許発明の実施には及ばない」と規定しているが、右規定は技術の進歩を目的とした規定であり、本件のように医療用の後発医薬品の販売に必要な製造承認を得るための試験は、右の「試験又は研究」には当たらないことはいうまでもない。
六、 被告らが本件特許権を侵害することなく被告製剤を製造・販売するためには、本件特許権の存続期間満了日の翌日である平成八年一月二二日以降各種試験を行った後、その試験結果を添付して製造承認申請を行い、その結果、製造承認を受けることになるが、右に述べたとおり、各種試験開始から製造承認申請までに最低六カ月、製造承認申請から製造承認を受けるまで二年を要することから、製造承認を受けうるのは早くとも平成一〇年七月二一日である。
確かに形式的にみれば、被告らの製造・販売は存続期間満了後の実施行為ではあるが、実質的には権利侵害行為から派生した一連の違法行為であり、たとえ存続期間は満了していても同日までの販売行為は原告の利益を侵害するもので、原告は不法行為に基づく差止請求権を有しているというべきである。
七、 被告らは本件特許権の存続期間が平成八年一月二一日をもって満了していることを捉えて、原告には差止請求権はないと主張するもののようであるが、そもそも被告らは原告の特許権を侵害することを承知のうえで、準備行為を行っていたのであり、しかもそれらは極めて秘密裡に行われており、原告には特許期間中に製造承認申請が行われたことさえ確知できなかったものである。その為、原告は製薬業界の業界紙である日刊薬業等に再三にわたり警告を発しており、同じ製薬業界に所属する被告らがこれを知らないはずはないのである(甲第五号証ないし第一二号証)。今更被告らが特許期間満了をたてに差止請求権の有無を云々するのは信義上からも到底許されないものである。
八、 そもそも被告らは、本件特許権の存続期間満了直後からの販売を企図し、本件特許権の存続期間中から組織的かつ秘密裡に特許権侵害行為を行ってきたのであって、まさに「故意犯」というべきものである。本件のように特許権侵害行為から派生した存続期間満了後の不法行為について、もし原告の差止請求権が認められないとすれば、今後、医薬品業界においては損害賠償さえ支払えば足りるとの認識のもとに存続期間中に特許権侵害行為が日常茶飯事的に行われることとなる。かかる法軽視的な態度は許されざるものであり、今後このような特許権侵害行為が行われるのを防止するためにも、本件のような場合において不法行為に基づく差止請求権が認められるべきと考える。
九、 よって、原告は被告らに対し、請求の趣旨記載の判決を求め、本訴訟に及んだ次第である。
目録
被告名 承認年月日 商品名
被告日医工 平成八年二月二六日 カモステート錠一〇〇
被告陽進堂 平成八年三月七日 プラークハウス錠一〇〇mg
被告前田薬品 平成八年三月一五日 リーナック錠一〇〇
被告ダイト 平成八年二月二六日 モスパン錠一〇〇
別紙
特許読求の範囲
1 一般式
<省略>
(式中Zは炭素-炭素共有結合メチレン基エチレノ基及びビニレン基よりなる群から選択された基を表わしR1とR2は同一でも異なつてもよいが各々水素原子又は低級アルキル基を表わす)で示される化合物又はその薬理学的に許容できる酸付加塩。
2 カルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の加合物。
3 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
4 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
5 N、N-ジ-n-プロピルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
6 N-N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
7 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)シンナマート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩であろ特許請求の範囲第1項記載の化合物。
8 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(pグアニジノベンゾイルオキシ)フエニルプロピオナート又は薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
9 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩である特許請求の範囲第1項記載の化合物。
10 一般式
<省略>
(式中、Zは炭素-炭素共有結合、メチレン基、エチレン基及びビニレン基よりなる群から選択された置換基を表わし、R1とR2は同一でも異なつてもよいが各々水素原子又は低級アルキル基を表わす)
で示される化合物又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有す抗プラスミン剤。
11 カルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
12 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許諸求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
13 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
14 N、N-ジ-n-プロピルカルバモイルメチルp-(-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有す特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
15 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
16 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)シンナマート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
17 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルプロピオナート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
18 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容てきる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第10項記載の抗プラスミン剤。
19 一般式
<省略>
(式中、Zは炭素-炭素有結合、メチレン基、エチレン基及びビニレン基よりなる群から選択された置換基を表わし、R1とR2同一でも異なつてもよいが各々水素原子又は低級アルキル基を表わす)
で示される化合物又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する膵臓疾患治療剤。
20 カルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
21 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
22 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
23 N、N-ジ-n-プロピルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)ベンゾアート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
24 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
25 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)シンナマート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
26 N、N-ジメチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルプロピオナート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項記載の膵臓疾患治療剤。
27 N-メチルカルバモイルメチルp-(p-グアニジノベンゾイルオキシ)フエニルアセタート又はその薬理学的に許容できる酸付加塩を含有する特許請求の範囲第19項の記載の膵臓疾患治療剤。